日々ビジネスと、猫の事しか考えてないオトコだと思われてはいけないので、たまの日曜日くらいは政治の事を書いてみましょう。
なんで、こんな事を書く気になったかというと、youtubeのトップページにPromoted Videosというコーナーがあって、そこで先日、新党日本の「『新銀行東京』の赤字は誰が責任取るの?石原慎太郎さん」という動画を偶然目にしたからです。
そこでは、田中康夫氏が『新銀行東京』を槍玉に挙げ、石原慎太郎氏を批判しておりました。
まあ、たしかに、『新銀行東京』の経営結果に対する批判自体はもっともなものでしょう。
あれだけいい加減経営をして、さらに公的資金を投資し、都民一人当たり約1万円相当の負担が増える(あるいは、1万円分享受できるサービスが減る)わけですから、それはたしかに、批判されてしかるべきでしょう。
田中康夫氏も動画の中で熱弁を振るい、石原氏の『新銀行東京』経営陣の任命責任を問うています。
では石原慎太郎氏が最終的な責任を取るべきなのでしょうか?
都政の失敗は都のトップがとるのは当然ですよね。
都のトップって都知事なのでしょうか?
いいえ、ちがいますよね。
日本は国民主権の国家ですから、都政の責任は都民がとらなければいけませんよね。
民間企業では、トップは経営者ですが、国政のトップは国民。都政のトップは都民が、市政のトップは市民。
国民主権。これが大原則です。日本国憲法にも明記されています。
そして、トップには責任をとる義務があると思います。
ここで見ていただきたい数字があります。
54.35%
これは2007年4月に行われた東京都知事の投票率です。(平成19年 東京都知事選挙 投票結果)
2007年4月といえば、『新銀行東京』の初年度決算が209億円の赤字だったことがわかった後だったので、当然その結果を加味した都民の投票率なわけですね。
しかしながら、約45パーセントの有権者が209億円もの赤字を出した銀行を発足させた石原都政にたいして、「無関心」「どうでもいい」などと考え、投票しなかったわけです。
石原慎太郎氏には強力な支持基盤があったのかもしれません。どこかの既得権益団体の組織票とかもあったのだと思います。
しかし、それは決して圧倒的な力ではなく、棄権した人の1/4の人が次点候補に投票していたら逆転できる数なのです。
その場合の投票率は約65%です。もちろん、これは全て次点候補に投票したら・・・という架空の数字ですが、決して非現実的な数字ではありませんよね。
それにもかかわらず、45パーセントの都民が、石原都政にNoを突きつけなかったという事実は、『新銀行東京』の209億円の赤字を(積極的にしろ、消極的にしろ)追認したということなわけで、つまり、その責任をとる事を選択したわけです。
もちろん、石原都政は『新銀行東京』の209億円の赤字を出したわけですが、その他の財政再建策などを評価して、Noを突きつけなかったのかもしれません。(その妥当性は別問題)
繰り返しますが、現在の日本においては国民が主権者であり、主権者である国民には責任があり、その責任の一端として政治を行う者を選ぶ選挙があるわけです。
もちろん、時には(いや、往々にして)選挙のときに不毛な選択を強いられるという時があると思います。
それでも、きちんと投票する事で政治を委ねている議員や首長、首相にプレッシャーを与える事ができ、少しずつですが変えていく事ができるはずです。
青臭い言い草かもしれませんが、主権者は我々。責任を取るのも我々。
その事をよく肝に銘じ、政治に関心を持って参加していけばいいのではないかと思います。
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