正直、見て、不愉快になりました。
ひょっとしたら、挑戦的なアートなのかもしれないけど、それにしても、なんていうか、一言で言えば「実にしょうもない。」ですね。
ワタクシもアーティストの端くれ(書いてて恥ずかしいけど、一応ね(笑))で、既存の平和的な表現(ハトとか、鶴とか、ハートとか・・・)そういうのに飽き飽きしてはいますが、だからといって、「うおー!こんな表現方法があったのか!」という驚きがまったくありません。
どうせなら、核保有国の首都で同時多発的にやったらおもしろかったのに・・・
アーティストも、一緒になってやった広島市現代美術館も思慮と配慮が足りてないと思います。
ただ、一方で、その反作用もちょっと心配です。
こんな記事を見たら、原爆などを扱う作品を造る時に、アーティストが萎縮してしまわないか心配です。
「抗議程度で萎縮するようでは、ホンモノではない!」という意見もあると思いますし、本気で考えているアーティストだったら、この手の謝罪要求もしっかりとはね除けて反論するんだろうけど、だからといって今回のように「不快だ」というだけで、中途半端な表現を摘み取るというのも、やっぱり違和感を感じます。
何も法律を犯したわけじゃないし、誰かを直接的に傷つけたわけでもないし、お馬鹿で雑多な中から素晴らしい芸術が生まれるという側面もあるのだから、わざわざ市や文化財団がしゃしゃり出て謝罪させなくても、いいんじゃないかなという気がします。
なんか、こういうのって、いきすぎると、退廃芸術展みたいになりそうで、ちと心配です。
特に、これから、戦争体験を直接聞くことすら少なくなってきた世代のアーティストが増えてくるわけで、「原爆とか、平和とかを下手に表現するとヤバい。抗議されたり、展示を中止させられる」という空気を造ることがプラスになるとはどうしても思えません。
退廃芸術ですかー。
ナチスは、民主主義でやっちゃいけないことを全部やってる感じですね。
「他山の石」としたいですね。
>どうせなら、核保有国の首都で同時多発的にやったらおもしろかったのに・・・
こちらの方が、見てみたいです。
知り合いのアーティストの人に聞いたのですが、長崎で行なった原爆に関するアートのイベントを、広島でもやろうと有志が集まってやったことがあるそうです。
長崎では申し込みからスムーズに事が進められたのですが、広島では申し込みからイロイロと規制が入り、スムーズとはいかなかったようです。
今回の件も、長崎だったら違う反応だったのかな…?どうでしょうね。
私は爆心地の学校をでたので、平和教育が
特に盛んでした。
袋町小学校、幟町中学校です。
今の若い人はろくに平和学習をしてないですね!残念です。
シャレオ通路だったと思うけれどの広島案内をご覧になったことありますか?
原爆ドームや鯉城を背景になんかワケのわからんメッセージが書いてありますよ。
ごちゃ混ぜ観光資源かい?被爆した都市のシンボル?原爆ドームが?
よう解らん芸術家さんがやったことより市のポスターのほうがちょっと変???かな。
>>六郎さま
コメントありがとうございます。
被害を受けた人への配慮はもちろん忘れてはいけませんが、「自分が絶対に正しい」と思い込んでいると、思わぬうちにナチスのようになってしまうかもしれませんね。
他山の石であってくれることを祈るばかりです。
>>いいださま
コメントありがとうございます。
同じ被爆地でも反応がちがうんですね。
「なんでも有り」がいいとは思いませんが、異なものへの不寛容が時として、大きな機会を逃すことがあるかもしれないので、広い心を持って受け入れてあげられるといいですね。
極個人的には、核保有国の首都での「ピカッ」を受け入れてほしいです・・・タイホされちゃうんだろうな・・・多分
>> もうけるZOさま
コメントありがとうございます。
他の地域では平和学習はほとんどやらないか、やっても生徒にスルーされるみたいです。
だからこそ、そんな人々にどうやって伝えていくのか、我々が真剣に考えて、実践していく事が必要なんでしょうね。
>> 女社長さま
いつもいつも、コメントありがとうございます。
シャレオのは目に入ってるはずなのですが、残念ながら留まっておりませんでした。
善し悪しは別として、「目に留まらない」程度のものしか許容されないのであれば、それが世界に伝わって、平和への糧になる・・・なんてことは起きないですよね。
そういう意味では「ひろしま」はガンガンに伝わってきましたね。
戦争を知らない世代を親に持つ我々がそれを超えるものを作り上げていかなければいけない・・・と思いつつも、それを明確な実感として「感じる」事ができない・・今回の件も、そんな想いから端を発したんだと思っています。